
伝道者の声

すべての人が食べて満腹した
大学院博士課程前期課程2年
小林 光恵
私はパン屋開業の夢を叶えるために、高校を卒業後、製菓製パンの専門学校を卒業。19歳で大手パン屋に就職しました。それからは「早く手に職を付け、パン屋を開きたい!」と、いくつかの個人店でも働かせていただきました。
そのパン屋修行の途中…私の計画にはなかったことが起こりました。教会に帰り、受洗させていただくこととなったのです。(私は、クリスチャンホームに生まれ、中学生まで教会学校の中で育まれていました。)久しぶりの教会では、教会を離れた間に、自分がどんなに飢え、渇いていたかを知らされました。そして、イエスさまの命のパンの確かさ、豊かさを知らされる日々でした。
受洗から4年、パン屋修行を始めてから10年近くになった頃、私は同僚と共に「1日パン屋さん」を開く機会が与えられました。お店では、クリームパン、あんぱん、バゲット、サンドイッチなどを並べ、同僚はコーヒーも淹れてくれました。「お客さんが自分の作ったパンを喜んでくださっている! 抱いてきた夢が、少しずつ形になってきた!!」そのような喜びがありました。
一方で、私の中には、別の思いも浮かんできたのです。「私の生涯の仕事は、本当にこの仕事なのだろうか。」…これは、私にとってかなり意外なことでした。おそらく、教会で御言葉に生かされ、少しずつ何かが与えられ始めていたのでしょう。…「召命⁈…まさか! 口下手な自分に牧師なんて絶対に無理!!」…悶々とし、神さまに祈りをぶつける日々…。しばらくした頃、礼拝で5000人の給食の御言葉が語られました。題名に記した御言葉に続いて、『私の恵はあなたに十分である』この言葉が迫ってきました。「この道に必要なものはすべて、神さまの側に十分にあるのだ。」と示されたのです。「…これは、自分の思いではない。神さまが召命を与えてくださっている…」そう確信させられました。
早いもので、東京神学大学に入学させていただき5年が経とうとしています。神さまの憐れみによって、今日まで学び続けることが許されて参りました。いよいよ最終学年。これからどうなってしまうのか…先のことは分かりません。ただ、東神大での日々で何度も思わされてきたことは、この学びは遣わされる日のために<自信>を備える学びではないということです。むしろ、<私を遣わしてくださる方がどなたであるのか>、<すべての人を満腹にしてくださる方がどなたであるのか><その方の力強さ、恵み深さ>を知らされ続ける学びなのだと思います。
もしも、あなたが、「神さまが召命を与えてくださっているのだろうか…」と迷っておられるのならば、ぜひ神さまに聞いてみてください。祈りをぶつけてみてください。御心であるならば、(たとえ御自分にそのつもりがなかったとしても)必ず道が示されていきます。
