
学長メッセージ

神様の本気に、
私たちも本気で応える。
東京神学大学学長神代 真砂実
植村正久(1858~1925)という人がいました。一言で紹介するのは難しいですが、日本の初期のプロテスタント教会を代表する伝道者です。その植村が洗礼の試問のときにした質問についての話の一つに次のようなものがあるそうです。
このとき試問に臨んだ人は少々変わった経歴の持ち主で、かつては神主であったのでした。この人に対する試問にあたり、植村は一つだけ、「君は、神主だったときに、本気で太鼓を叩きましたか」と尋ねたそうです。その人は、すぐに「私は本気で太鼓を叩いていました」と答えたのですが、そうすると植村は、それならよろしいということで、洗礼を授けることにしたといいます。
求道生活もよく見ていたので、この問い一つだけで済んだのでしょうけれども、つまるところ確かめたかったのが、その人の「本気」、言い換えれば、誠実さ・忠実さであったというのには考えさせられます。私たちは信仰を通して神様の恵みをいただくのであり、そのことに間違いはないのですが、その信仰には本気が伴うのです。神様に対して忠実に生きようとするのです。それは全てのキリスト者に当て嵌まることですが、その延長線上に伝道者としての献身があると言えるでしょう。
どうして、私たちの信仰には本気が伴うのでしょうか。――それは私たち人間を救おうとされる神様が本気だからです。独り子を惜しまないほどの本気をもって私たちにかかわってくださる神様なのですから、神様の本気には私たちも本気で応える以外にないでしょう。そして、自分の本気を献身というかたちで表したいという思いが、そこから出てくるでしょう。そういう皆さんの本気を受け止められる場所が東京神学大学です。







