2026年度入試情報

伝道者の声

飯田 仰 助教

ミッションスクールでの働きのために

飯田 仰 助教

「わたしも実はキリスト教系の学校に行っていました。」ある時、海外の日本語教会でこのようにおっしゃった方がおられました。「学生時代は何も思っていなかったのですが、実際、日本から離れてみて、何だか懐かしく思いまして、日本語で礼拝をしている教会があるということを聞いて来てみました。」海外の日本語教会では時々このような方が教会を訪れてくださいます。

以前に、日本の教会付属幼稚園であったり、中高一貫校のミッションスクールであったり、時には、大学がキリスト教系であったりという方が教会の礼拝に来てくださいます。海外におられる方には様々な背景をお持ちの方がいらっしゃいますが、日本から遠く離れた異国の地で、日本語での交流を求めて、そして聖書の御言葉への親近感に駆られて、教会を訪れられるようです。

このことはとても大切なことを私たちに示していると思います。青少年時代に聖書の言葉に触れる機会が与えられたということが、何年も経った後に、その実りが、影響が、思わぬ形で具現化されるのです。当時、学校で蒔かれた御言葉の種が、不思議な形で実りつつあるのです。これはまさに生きた主なる神さまの働きです。その働きを目の当たりにするような瞬間です。

日本ではミッションスクールという神さまの恵みがあります。毎年、大勢の生徒・学生たちが聖書の御言葉を聞き、学ぶ機会に恵まれています。キリスト教の精神と歴史に触れることで、聖書の世界観を知る機会が与えられています。キリストの福音に心揺さぶられるような出会いがあります。なぜこのような学校が日本に多く存在しているのかは、少し考えてみますと、大いなる不思議であるとしか言いようがありませんが、父・子・聖霊なる神さまの導きと召命をいただいた先人たちの大いなる犠牲と祈りによって今に至るまで存在しているのだと言ってよいかと思います。

わたしも高校生の時にアメリカで聖書の御言葉を聞く機会に恵まれました。人格が形成される大切な時期に、聖書の御言葉によって心が揺さぶられました。わたし自身のそうした体験もあってか、今、東京のキリスト教系の高校にも関わらせていただき、そこで、神さまの御手の働きを目の当たりにしています。高校生が関心のあるようなテーマから、キリスト教の考え方や世界観、そして聖書の御言葉を伝える授業を担当させていただいています。

ローマの信徒への手紙にはこう記されています。「ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。また、宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。『良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか』と書いてあるとおりです。」(10章14-15節、新共同訳)。このキリストの福音は宣べ伝える人がいなければ人々は聞くことができません。主なる神さまは、今も尚、私たちに呼びかけておられます。私たちを召し出してくださっています。福音を宣べ伝えるために、このミッションスクールにも働き手が起こされる必要があります。キリストの福音を宣べ伝える人が求められています。特に人生経験を積んでこられた方々、教会の牧会の働きをなさってこられた方々、所属教団は違えども、青少年への伝道に心揺れ動かされておられる方々、宗教科教員免許の取得を目指し、ミッションスクールでの伝道の働きに、この尊い働きにぜひとも加わっていただければと思います。

出願期間はまだ間に合うと思います。また今直ぐにというわけではない方も、ぜひ祈りつつ備えていただけたらと思います。