主の招く声に応えて
大学院博士課程前期課程2年
村尾 正治
私が召命を受けたのは、東京神学大学に編入学する前に通っていたキリスト教主義の大学での生活、および教会生活で、でした。
私は高校生の時まで岡山県で育ちました。クリスチャンの父親の影轡などもあり、教会に通い、高校二年生の時に洗礼を受けました。普通の高校生でした。
そして、大学への進学に伴い上京、キリスト教主義大学へ通うことになり、ここで多くの同年代のクリスチャンの友人達との出会い、また教会生活が、私の献身の思いを強めることになります。
高校生の時に通っていた教会には同年代の友人が全くおらず、若くして洗礼を受け教会に通っている私は、寂しさを感じていました。そんな中での彼らとの出会いは私にとって、大きな喜びでした。大学公認のキリスト教サークルにおいて信仰の友の証を聞く中で、またお互いの悩み、苦悩を共有し、お互いのために祈る祈祷会の中で、召命感は増していきました。友の証では、誰一人として同じ境遇で主イエスに出会い、救われた友はいなかったからです。主イエスは、その人に一番わかりやすいかたちで語りかけてくださる方であると知った時の喜びが、献身への思いを強めました。それは、かつて聖書の中で主イエスがザアカイに語りかけたように、クレオパや百人隊長に語りかけたことと同じように、あの時と変わらず生きて働かれておられるのだと確信しています。私の場合は、主の声をハッキリと聞いた訳ではありません。「伝道したい」という強い思いが泉のように沸き上がりました。どちらにしても、主の側からの一方的な働きかけがあるのだと思います。
また、そのような献身の思いが与えられていた時に、教会生活の中で起こった献身を強めたエピソードを紹介させていただきます。献身の思いが与えられ、初めて教会で与えられた奉仕が教会学校教師でした。神学校に人るため、アルバイトをしている時期と重なっていました。CS教師と夜勤のアルバイト、勉学との両立は大変厳しいもので、いつの間にか教会学校の分級がおろそかになっていきました。献身を決意していたにもかかわらず、です。そんな時、出来事は起きます。土曜日の夜、天気予報で日曜日は台風が直撃するというのです。私はラッキーだと思い、分級の準備をせず眠りました。事実、主日の大人礼拝は普段の半分以下でした。子どもも誰も来ないだろうと、教会の入り口に上の空で立っていた私は、一人の小学三年生の女の子がびしょ濡れになってやってきたことが今でも忘れられません。私は、聞いてしまいました。「一人で来たの?」すると女の子は、礼拝堂にむかって歩きながら「この前の続きがやりたいー!」と言いました。教会を愛し、主イエスに出会いに来た子に対して模範とならなければならないのに、逆にその子を通して私は十字架の主イエスに立ち返らされ、悔い改めました。主が私に与えてくださっているもの全てを捧げて、子どもたちにイエス様のことを伝えていきたいと強く感じた日でした。
私は、牧師になるために必要なコミュニケーション能力や、賜物は持っていません。そういう意味で、私は立派な人間ではありませんし、牧師には向いていないのかもしれません。しかし、主が聖書の中で様々な人々に語りかけたように、私自身に信仰の友との出会いや、出来事を通して、強く語りかけてくださっている(伝道のために用いようとしてくださっている)ことを強く感じています。私の体の内側から促されるように、復活の主が見えない手で後ろから押してくださっている、そのことだけが神学校にいる私を支えています。ですから私は、主が「行け」と言い続けてくださる限り、喜んで主が示す地へ行きたいと思います。